漢字と熟字訓の由来を巡る旅

漢検準1級と1級に役立つよ

34 軟体動物  (漢検準1級と1級に役立つよ)

 

軟体動物

軟体動物とは、イカやタコ、貝やウミウシなどの総称である。

貝類は一般的に二枚貝と巻貝とに分けられる。二枚貝には「蛤」(はまぐり)、「蜆」(しじみ)、「蚶」(あかがい)、「蟶」(まてがい)、「蚌」(どぶがい・はまぐり)などが一字で貝の種類を表している。マテガイは「馬刀貝」「馬蛤貝」とも書くが、刀のような形をしているから刀貝はよいとしても馬は大きいことを表すもので、マテガイには当たらない。「馬刀貝」「馬蛤貝」は本来、カラスガイを指していたのである。ドブガイというのは「烏貝」(からすがい)のことであり、「蚌貝」と書いても(からすがい)と読む。色の黒いところからカラスガイである。

日本人が一番よく食べるアサリには「蜊」「鯏」の字もあるが、「浅蜊」あるいは「蛤仔」と書くことが多い。この他、人が食用とする二枚貝には、「海扇」(ほたてがい)、「海鏡」(つきひがい)、「牡蠣」(かき)、「玉珧」(たいらぎ)などがある。

「蠣」は一字で(かき)と読めるのだが、一般的には「牡蠣」と書く。カキにはオスしかいないと考えられていたため、「牡」の字を付け加えるようになった。

またタイラギは長さが30cmにもなる大型の高級二枚貝で、殻が薄いことから「平ら貝」(たいらがい)が転じてタイラギになったと言われている。大きな貝柱を生食されるが、身の方はまずいのであまり食べない。寿司屋で貝柱と言えばタイラギのことである。「玉珧」の「珧」の字はタイラギを意味する漢字であり、「兆」は左右二つに分かれる貝の姿を表している。貝柱が玉のように丸くて白いことから「玉」の字が付いて「玉珧」(たいらぎ)と書くようになった。

巻貝は生物学的には腹足類といい、腹部が肉質の扁平な足となり、これによって移動する軟体動物である。殻の退化した「蛞蝓」(ナメクジ)や「海牛」(ウミウシ)なども含まれる。ウミウシは海のナメクジのような存在で、突き出た二本の角から牛に喩えられた。この角を中国では耳に見立てて「海兎」と呼ぶ。また英語でも“sea hare”(海の兎)である。カラフルで美しいものも多いので、意外と人気の高い生物である。

ウミウシの一種の(アメフラシ)は「雨虎」と書く。アメフラシは刺激を与えると紫色の液を分泌しながらあばれるが(荒く猛々しいものには虎の字がよく使われる)、水中でその液の拡散する様子が、雨雲が広がるように見えることからアメフラシだと言われている。またアメフラシをいじめると雨が降るとの言い伝えもある。

巻貝には「法螺貝」「吹螺」(ほらがい)、「栄螺」「拳螺」(さざえ)、「海螺」(つぶ)、「香螺」「長螺」(ながにし)、「田螺」(たにし)、「河螺」「河貝子」(かわにな)などがある。「螺」の字は(にな、つぶ)と読んで巻貝を指す漢字である。「螺旋」(らせん)のようにも使われる。

ホラガイの「法」の字は仏様の教えを表していて、仏教で用いられていたことの名残である。サザエの名はササ(小さいの意)+エ(家あるいは柄)から、小さな柄のようなものをたくさん付けた姿を表現している。「栄」の字を使うのは、柄のたくさん付いた姿が、栄えているように見えるからで、「拳」(こぶし)を使うのはその形からである。「蝸牛」(かたつむり)は陸生の巻貝(腹足類)で、「蝸」の字は「渦」(うず)に通じて、渦巻状の殻のある虫、つまりカタツムリを表す漢字である。これに2本の角を牛に喩えて「蝸牛」と書いたのだ。

「磯の鮑(あわび)の片思い」という慣用句がある。アワビは二枚貝のように見えるのに殻が一枚しかない(連れ合いがいない)ことから、一方だけの相手に通じない恋心のことを喩えている。しかしこれは誤解によるもので、アワビの殻が一枚しかないのは、巻貝の仲間だからである。アワビは一字で「鮑」「鰒」と書くが、「石決明」でもアワビと読む(別項に)。

タコやイカの仲間は、足が体の最前部に位置して頭に直接つながった姿をしている。この特徴から彼らは頭足類と呼ばれる。頭足類には、太古に生息したが今は化石としてしか残っていないアンモナイトや、生きている化石と言われるオウムガイなどが含まれる。 

アンモナイトはその文様から「菊石」(あんもないと)と書く。またオウムガイはその形がオウムの嘴に似ていることから「鸚鵡貝」である。頭足類ももともとは貝殻を持つ動物だったのだが、タコやイカに殻がないのは殻が退化してしまったためである(一部に殻を持つものがいる)。

タコの語源は「多股」からだと言われている。漢字一字で「蛸」(たこ)の字があるが、これは本来クモを意味していた。海に棲むクモのような生き物ということから「海蛸子」と書かれていたものが、省略されて「蛸」となった。また漢語からの転用で「章魚」とも書くが、この「章」とは印章を表し、足の吸盤を意味するようだ。タコの一種「飯蛸」(いいだこ)は米粒に似た卵を持つことからこう呼ばれるのだが、イイダコの体にはきれいな円形の斑紋があるので「章花魚」(いいだこ)と書く。また「望潮魚」とも書く。ちなみに「望潮」と書くとカニの一種(しおまねき)と読む。シオマネキは干潮時に浜で大きなハサミを動かしているが、これがあたかも潮を招いている(望んでいる)ように見えるからだ。

イカは漢字で「烏賊」あるいは「墨魚」「柔魚」と書く。後二者はイカの特性そのままである(タコにも当てはまりそうだが)。「烏賊」と書くのは、「死んだふりをして海面に漂うイカを、烏が啄ばもうと近づくと、イカはその足を伸ばして烏を捕らえてしまう」という言い伝えによる。「烏にとっての賊のようである」の意味から「烏賊」と書いたのだ。ただし、実際のイカにそのような習性はない。

33 爬虫類と両生類と甲殻類  (漢検準1級と1級に役立つよ)

 

爬虫類と両生類と甲殻類

 虫という字はもともと、まむしを象った象形文字であり、蛇などの爬虫類を表していた。昆虫などの小さな虫を表す漢字は本来「蟲」と書き、のちにこの字は省略されて「虫」という字になったので、今は「虫」の字がどちらの意味をも持っている。

爬虫類とは、ヘビ、カメ、ワニ、トカゲの仲間である。

トカゲは「蜥蜴」(セキエキ)と書くが、これはもともと「析易」と書いて「陰陽析易」の意味を持っていた。「陰陽析易」とは陰陽の離合集散による万物の変化のことで、周囲の状況によって体色を変化させる虫を「蜥蜴」で表した。「石竜」「石竜子」(とかげ)とも書くのは、爬虫類が竜の仲間だと考えられていたためで、山石の間に棲むから「石竜」なのである。またヤモリはトカゲの一種であり、常に人家の屋壁にいて害虫を食べてくれることから「家守」「守宮」(やもり)である。また漢語からは「壁虎」とも書くが、これは壁に棲みついて虫などを捕る様子が肉食獣を思わせるからである。ヤモリは虫偏の漢字を使って「蝘蜓」(エンテイ)とも書くのだが、これは「蝘」(隠れ棲む虫=トカゲ)+「蜓」(まっすぐ伸びる虫)から成る熟字で、トカゲ全般をも表現していて、字書によっては(とかげ)(やもり)どちらの読みもある。

名前も姿もヤモリと紛らわしいイモリは爬虫類ではなく両生類の動物で、「蠑螈」(エイゲン)と書く。両生類は魚類と爬虫類の中間的存在で、水のそばを離れることができないイモリ、サンショウウオ、カエルの仲間で、イモリは井戸辺に棲むことから「井守」なのである。「蠑」は本来トカゲを意味する漢字で、「螈」は(赤い虫)、合わせて腹の赤いトカゲのような虫を意味する。サンショウウオはその名からもわかるように、その昔、魚の仲間と考えられていた。「山椒魚」と書くほか、漢字一字で「鯢」の字もある。

「蛙」(かえる)という字はつくりの「圭」(ケイ)がカエルの鳴き声を表す形声文字である。カエルの子供のオタマジャクシは「蝌蚪」(カト)と書くが、「科」「斗」ともに柄杓(ひしゃく)のことで、形が柄杓に似ている虫の意味である。カエルの王様、トノサマガエルは「金線蛙」と書き、これは背中に黄色い線が走ることによる。またヒキガエルには「蟾蜍」(センジョ)の字が当てられる。「蟾」(セン)は一字で(ひきがえる)と読む漢字であるだけでなく、(つき)とも読んで、「月」を意味する。「ヒキガエルと月に何の関係が」と思うかもしれないが、これは中国の神話に由来する。

神の一人である羿は数々の偉業を成した英雄だが、天帝の怒りを買って不老不死ではなくなってしまう。そこで苦労の末、女神西王母から不老不死の薬をもらい受けたが、妻の嫦娥はこれを独りで飲んでしまう。嫦娥は月へ逃げたが、裏切りの酬いからヒキガエルになり、そのまま月で過ごすことになった。ここから「蟾宮」「銀蟾」と言えば月の別名、「蟾光」とは月光のことを指す。ヒキガエルは「蝦蟇」(ガマ)とも呼ばれ、「蝦蟇」と書くのはその音「蝦」(カ)+「蟇」(マ)からで、「蟇」は一字でも(ひきがえる)と読む。

「叚」には「からを被る」という意味があり、「蝦」という字はもともとそのような特徴を持つ(エビ)を表す漢字である。「海老」(えび)と書くことも多いが、これは背中が曲がって長いひげの生えたエビの姿を、海の老人に見たてたことによる。「蝦」の付く熟字には、「竜蝦」(いせえび)、「青蝦」(しばえび)、「草蝦」(てながえび)、「青竜蝦」あるいは「蝦蛄」で(しゃこ)、「醤蝦」(あみ)、などがあり、それぞれの特徴を表している。このうちアミとはエビに似た小さな甲殻類。「醤蝦」と書くのはその用途からで、「醤」はひしおと読んで醤油などの発酵調味料のことである。ちなみにザリガニは「蝲蛄」と書いて、カニの名をもつもののエビに近い動物で、後ずさる行動から「居ざりカニ」→ザリガニとなった。

エビと並んで甲殻類の双璧を成すのは「蟹」(かに)である。三大蟹とは言うまでもなく、毛蟹、ズワイガニ、タラバガニのことを指す。木の幹や枝から細長く伸びた若い小枝を「楚」(すわえ)というが、これがズワイの語源となって「楚蟹」(ずわいがに)と書く。タラバは冬、鱈の漁場で獲れることから「鱈場蟹」である。タラバガニはカニの名が付くものの、実はカニではなくヤドカリの仲間である。ちなみにヤドカリは「寄居虫」と書く。

甲殻類にはこの他、海の「蛆」(うじ)で「海蛆」(ふなむし)、水の「蚤」(のみ)で「水蚤」(みじんこ)、などがいる。

 

32 海の哺乳動物  (漢検準1級と1級に役立つよ)

 

海の哺乳動物

哺乳動物の中には完全に海での生活に適応した海棲動物(海獣という)がいる。3大海獣と言えば、完全に海だけで生活をするクジラやイルカの仲間(鯨類)と、ジュゴンの仲間(カイギュウ類)、そして普段は陸上で生活をするアザラシやアシカの鰭脚類(脚が鰭状になっている)の動物たちである。今の哺乳動物の分類では、鯨類は偶蹄類(ウシ、シカ、ラクダなどの仲間)と近縁であることがわかり鯨偶蹄目という一つのグループになり、鰭脚類はイヌやネコと同じ食肉目に分類される。

クジラとイルカの違いはその大きさだけで厳密な区別はない。およそ4m以上の大きなものがクジラと呼ばれ、それ以下のものがイルカと呼ばれる。イルカは漢名から海のブタと書いて「海豚」だが、「鯆」(いるか)という漢字もある。英語でクジラ殺し“killer whale”と呼ばれる凶暴な肉食獣シャチも実はクジラの仲間である。漢字でもその凶暴さ故「鯱」(しゃち)と書くが、実はたいへん賢い哺乳動物である。

カイギュウとは「海牛」と書いてジュゴンマナティーのことを指す(「うみうし」と読むと別の動物)。牛と書くのは風貌からだが、彼らカイギュウ類は陸上で言えば、ゾウに近い動物とされている。ジュゴンは漢字で「儒艮」と書く(音からの当て字)。

アザラシは海の豹(ひょう)と書いて「海豹」(あざらし)だが、これは体に豹に似た斑紋があることに由来する。一方アシカは海の驢馬(ろば)に準えて「海驢」(あしか)である。アシカの仲間でやや小柄のオットセイは海の狗(イヌ)で「海狗」(おっとせい)と書く。オットセイの名はアイヌ語のオンネプに由来し、これが中国では「膃肭」と音訳された。そしてそのペニスが「膃肭臍」(おっとせい)と呼ばれて精力剤として使われた(臍ではないのだが)。この体の一部分を表す生薬の名が動物そのものを指すようになったのである。

鰭脚類にはアザラシ、アシカともうひとつ、巨大な体に口の上あごから大きく突き出した牙が特徴的なセイウチがいる。その巨体と大きな牙をもつ姿からセイウチは「海象」(せいうち)と書く。 

ところで、「海馬」と書くと読みの候補が複数ある。アシカやセイウチにもこの字を当てるほか、(トド)と読んだり、(タツノオトシゴ)と読んだりもする。ちなみにトドには「魹」(とど)という漢字もある。

この他、第4の海獣と呼ばれる哺乳動物にラッコがいる。ラッコはイタチの仲間なのだが、完全に海に適応し、食事はもちろん眠るときでさえ海から出ることはない(出産だけは陸上でする)。海の獺(カワウソ)で「海獺」(らっこ)と書くほか、「猟虎」「海猟」「獺虎」とも書く。「猟虎」と書くのはラッコの音訳からで、これに「海獺」が混ざって「海猟」「獺虎」の熟字が生まれた。

この他、海の付く哺乳動物の漢字には「海鼠」「海猫」「海狸」などがある。「海鼠」は鼠といっても哺乳動物ではなく、(ナマコ)と読む。この腸(はらわた)を塩漬けにしたものが「海鼠腸」(このわた)である。「海猫」はそのまま(ウミネコ)で、カモメの仲間である。泣き声が猫に似ていることからこう呼ばれるようになった。「海狸」はビーバーと読み、木材をかじり、倒して川を堰きとめ、巣を作ることで知られている。ただビーバーは川や湖に生息する動物なので海とは関係がなく、しかも齧歯目なのでネズミに近い。

31 長寿  (漢検準1級と1級に役立つよ)

 

長寿

長寿を祝う年齢には、60歳の「還暦」や70歳の「古希」に始まり、80歳には「傘寿」(サンジュ)、90歳には「卒寿」(ソツジュ)、100歳には「百寿」「上寿」(ジョウジュ)がある。この年齢を祝うのは何より限がいいからだが、傘の略字の「仐」を八十に見立て、卒の略字「卆」を九十に見立てたのは機知に富んでいる。100歳の祝いを上寿と言うのは、人の寿命の長さを上(100歳)、中(80歳)、下(60歳)に分けたことに由来する。また同じ数字の並んだ77歳、88歳、99歳にはそれぞれ、「喜寿」(キジュ)、「米寿」(ベイジュ)、「白寿」(ハクジュ)がある。喜寿は「喜」の草書体が七十七と読めることから、米寿は「米」を分解すると八十八になるから、白寿は百から一を抜いたら「白」になることによる。このほか将棋盤の目の数が81であることから81歳の祝いを「盤寿」(バンジュ)、同じく八十一を組み合わせると「半」という字になることから「半寿」(ハンジュ)と言ったりもする。

それでは、「華寿」と言えば何歳の祝いでしょう。これは「華」という字を分解していくと「十」が6つと「一」が一つできるので合わせて61、数え年での61歳つまり還暦の祝いになる(還暦という言葉があるのでほとんど使われない)。 

百を超えた祝いをできる人は今では9万人を超える。ただし、そのうち約9割を女性が占めていて、女性の強さは歴然である。「茶」という字を分解すると十、十、八十八となり、合わせて108になることから、この年齢の祝いを「茶寿」(チャジュ)という。また「皇」の字を分解して組み直せば百十一になることから111歳を祝う「皇寿」(コウジュ)という言葉もある。さらに「昔寿」(セキジュ)といって、一番上の「艹」を十ふたつに分け、下の部分を百に見立てて、合わせて120歳を祝う言葉もあるが(大還暦ともいう)、現実問題としてこの年齢を祝うことなどできるだろうか。それはともかく長生きするのはめでたいことだ。

漢字にはお年寄りの年齢を意味するものがあり、50歳を「艾」(ガイ)、60歳=「耆」(キ)、70歳=「老」(ロウ)、80歳=「耋」(テツ)、90歳=「耄」(ボウ)、100歳=「期」(キ)と表わされる(異説もあり)。90歳ともなると、人は耄(おいぼ)れ、耄(ほうけ)て、耄碌(モウロク)することになる。これらの漢字を用いた熟語には、ほかに「耆艾」(キガイ)、「耆耋」(キテツ)、「耆老」(キロウ)、「耄耋」(ボウテツ)などがあり、いずれも老人を意味する。

そうして長生きすると、「子」や「孫」は言うに及ばす、「曾孫」(ソウソン、ひまご)さらに「玄孫」(ゲンソン、やしゃご=孫の孫)の顔をも見ることができるかもしれない。しかしさらにその子供となるとほとんど出会える人はいないと思われるが、漢字には「来孫」(ライソン)、「昆孫」(コンソン)、「仍孫」(ジョウソン)、「雲孫」(ウンソン)、と8代先までの子孫を表す熟語がある。

30 雨と雷  (漢検準1級と1級に役立つよ)

 

雨と雷

気象現象の表現には、晴れ、曇り、雨や雪に始まり多くの漢字が存在する。雨と雪が混ざって降れば「霙」(みぞれ)と呼ばれ、雨の降り方によっても「霎」(こさめ)や「霈」(おおあめ)、「霖」「霪」と書いて(ながあめ)という字もある。これらの漢字は通常、「霎時」(ショウジ=少しの間)、「霈然」(ハイゼン=大雨が降る様)、「霖雨」(リンウ)「霪雨」(インウ)と熟語で使われる。 

気象用語で「雹」(ひょう)と「霰」(あられ)はその粒の大きさによって区別され、直径5mm以上のものを雹といい、5mm未満のものが霰である。

晴れた空に雲のたなびく様子は「雲」という字を使って「靉靆」(アイタイ)という。これが中国明朝のころ、西洋から入った眼鏡を音訳する際に使われたために、今では眼鏡の意味も持つ。その雲が空の9割以上を占め、雨が降っていない状態が曇りである。雲が2~8割のときは晴れ、1割以下なら快晴と呼ばれる。雲が空の8割も覆っていたら曇りではないかと言いたくなるが、気象庁の定義上は晴れ(天気予報でも晴れ)。

霧は雲と同じ現象によるもので、大気に含まれた水蒸気が飽和して小さな粒となって空中に浮かんだものである。これが地面に接していなければ雲と呼ばれ、接していれば霧である。その「霧」と「靄」(もや)にも気象観測上の定義があって、視界が1km未満のものが霧で、1km以上10km未満のものが靄と呼ばれる。一方「霞」(かすみ)は気象用語ではないので、霧や靄との区別はない。ちなみに海に発生する霧は、「海霧」と書いて(カイム)あるいは(じり)と読む。

この他、曇りの中には「霾り」(つちぐもり)という気象現象がある。これは巻き上げられた土によって視界が妨げられる現象、要するに黄砂がひどい状態である。これが空から降ってくると「霾る」(つちふる)と表現される。

カミナリを表す漢字には、雷のほか「電」(いなずま)、「霆」(いかずち)などがある。「霹靂」(へきれき)も雷のことだが、こちらは「引き裂くように連なって鳴る」ような激しい雷を表現する。「晴天の霹靂」というのは雲のない晴れた空に突然そのような雷が起こることで、「何の前触れもなく突然起こる変動、大事件」の意味である。

夏から秋にかけて各地に被害をもたらす台風は、熱帯性低気圧のうち最大風速が17.2m/秒以上になったものと定義される。なぜこのような半端な数字なのかといえば、風速をノットという単位で表したためで、最大風速34ノット以上が台風である(正確には、四捨五入を考慮して33.5ノット以上)。いずれにしてもけっこう半端な数字だが、この風速以上にもなると被害が起こるだろうと想定した数字らしい(=風力8)。日本では古くから野分(のわけ)と呼んでいたものが、のちに「颶風」(グフウ)と言うようになり、明治末より台風の語が使われた(中国語の「颱」、英語の“typhoon”より)。もともと颱風と書いていたが、戦後の当用漢字の指定に伴って台風と書くことになった。「颱」は一字でも(たいふう)と読む。ちなみに海上の嵐は「時化」(しけ)と言うが、これは「湿気」からの当て字で、「時が化ける」と書くことに意味はない。海の風がぴったりやめば、「凪」(なぎ)である。

29 冬が旬の魚  (漢検準1級と1級に役立つよ)

 

冬が旬の魚 

極寒の冬、凍った湖の上で氷に穴を開けてよく釣られているのがワカサギだが、国字では「鰙」、一般的には「公魚」(わかさぎ)と書く。かつてワカサギの産地、霞ヶ浦を統治していた麻生藩が徳川斉公(11代)にこれを年貢として納めていたことがあり、公儀御用達の魚という意味で「公魚」と称されるようになった。

一方、海に張った氷を割って漁獲をする「氷魚」「氷下魚」(こまい)と言う魚がいる。「鱈」(タラ)の仲間だが、タラとは違って身が硬いため、そのまま食べるのには適さず干物や練り物として使われる。「鱈」(タラ)も魚偏に雪と書くことからもわかるように、冬が旬の魚である。大きな口を開けて自分の体の半分くらいの動物にも襲いかかることから「大口魚」と書いて(たら)と読む。

魚偏に冬と書けば「鮗」(このしろ)という魚である。コノシロは出世魚で関東地方ではシンコ(新子)→コハダ→ナカズミ→コノシロと変化する。寿司屋で光物の代表、「小鰭」(こはだ)と言えばこの魚のことだ。武士にとってはコノシロを焼くことが、「この城を焼く」に通ずるとして嫌い、もっぱら酢付けにして食された。またコノシロを焼くと人を焼いたような臭いがするとも言われて好まれない。その昔、ある国に美しい娘がいて、その娘を見初めた国司が結婚を申し出た。ところが娘にはすでに恋人がおり、不憫に思ったその親が、国司の使いの前でこの魚を棺に入れて焼き、娘を死んだことにして難を逃れたという話がある。ここから「子の代わり」という意味の「子の代」と呼ばれるようになったと言われている。

冬の日本海はよく荒れて雷が鳴る。この時期になるとハタハタは産卵のために浅瀬に訪れて獲れ始めることから、「鱩」あるいは「雷魚」と書いて(はたはた)と読む。古くは雷神を「霹靂神」(はたたかみ)と言い、これがハタハタの語源だと言われている。「鰰」(はたはた)と書くのもこれに由来する。

また「鮟鱇」(あんこう)はたいへんグロテスクな魚だが、「西のふぐ、東のあんこう」と言われるほど美味で高級な魚である。その容貌から「暗愚魚」(あんこう)とも書く。茨城の郷土料理としても有名で、冬になるとよく鍋の食材にされる。

見た目がよく似るヒラメとカレイも冬の魚である。「左ヒラメの右カレイ」と言われるように、頭の方から見て顔の左側に眼が並べばヒラメで、右側に目が並べばカレイである(例外もある)。この特徴から「比目魚」(=目が並んだ魚)と書くが、この場合は(ヒラメ)と読む。ヒラメには「平目」「鮃」の字もあり、体の平たい特徴を表している。カレイは「鰈」と書いて、つくりの「枼」に「薄く平たい」という意味がある(「蝶」「葉」「牒」などと同系)。またカレイは漢名から「王余魚」(かれい)とも書く。

時は春秋時代、越の王が膾(なます)にした魚を片面だけ食べて、その残りの半身を水中に棄てたところ、それが生きたまま魚となったという。この逸話から王の余した魚と書くようになった(確かに半身のように見える魚である)。

28 秋が旬の魚  (漢検準1級と1級に役立つよ)

 

秋が旬の魚

秋の魚といえば真っ先に「秋刀魚」(さんま)が思い浮かぶが、魚偏に秋と書く「鰍」(かじか)という魚がいる。ただ「鰍」は「秋の魚」の意味ではない。「秋」という漢字は他の部首に付いて「ぐっと引き締まって細い」ことを意味するとともに(シュウ)の音を表す(会意兼形声)。「楸」(ひさぎ、シュウ)、「鍬」(くわ、シュウ)、「鞦」(しりがい、シュウ)などが同系の漢字である。ところが偶々なのだがカジカは秋が旬の魚である。水の澄んだ小石の多い川に棲むハゼに似た魚で、「鮖」(かじか)とも書く。また漢語からの転用で「杜父魚」(かじか)と言う熟字も使われる。「杜父」は音の(トフ)から「土附」に通じ、川底で土に附していることを表す。カジカは別名ゴリとも呼ばれ、石の陰にじっとしている様子から「石伏魚」、または「鮴」と書いて(ごり)と読む。カジカの漁は、川の下流に網を仕掛け、上流にある石を動かして魚を追い込む「かじか押し」が有名で、これが「ごり押し」の語源となった。

秋の食卓によくのぼる卵を孕んだ小魚シシャモは、北海道南東部の太平洋沿岸にのみ分布する日本固有の魚である。鮭のように秋になると産卵のために川を上るので、この時期に卵をもったシシャモの漁が行われる。アイヌにはシシャモに関する伝説があって、それがシシャモの語源となっている。その昔、飢えに苦しむアイヌの人々の様子を見ていた神が、川に柳の葉を流したところ、柳の葉が魚となって泳ぎ出した。アイヌの人々はこれを食べて飢えから救われたという。アイヌ語で柳のことを“シシ”、葉のことを“ハム”といい、シシハムが転じてシシャモ、漢字の方も「柳葉魚」(ししゃも)と書く。

ホッケはアイナメ科の魚で北海道を主として北の日本海で漁獲されることから「北魚」(ほっけ)と書く。ホッケという名は北海道で法華経を説いていたお坊さんがおいしさを広めたことに由来するという。北の地でニシンの漁獲量が急速に減少すると、これに変わるものとして食されるようになった。幼魚は美しい青緑色をして、その群れて泳ぐ姿が花を思わせることから魚偏では「𩸽」(ほっけ)と書く。ここから「北花」(ホッカ)が語源と言う説もある。ちなみにアイナメは「鮎並」と書くが、これは味が鮎並みであるから、あるいは鮎のように縄張りを持つからである。アイナメは一年を通じて味が変わらないと言われるが、一応春から夏が旬とされている。

カマスは口先が尖り、下顎が上顎よりも飛び出しているのが特徴で、その大きな口を「叺」(かます)に喩えた命名である。叺とは「蒲簀」(かます)のことで、藁蓆(わらむしろ)を二つ折りにして左右両側を縄で塗った袋のことである。古くから穀物や石炭を入れるために用いられていた。「叺」の字は口から入れる袋を表した国字である。魚のカマスは漢名から「梭魚」「梭子魚」(かます)と書いて、機織り機の道具「梭」(す)に喩えている。また魚偏では「魳」と書く。老魚と言われるカマスには本来「鰤」の字が使われたのだが、「鰤」では(ぶり)と紛らわしいため、「師」の省略形「帀」が使われたのである。

カジキは頭部に突き出た剣のように長い吻が特徴的な魚である。マグロに似ていることからカジキマグロとも呼ばれ、あたかもマグロの一種であるかのように供されるが、マグロの仲間ではない。その吻で船の舵をとる硬い舵木をも貫くことから「舵木通し」と呼ばれていたのが由来だとされている。「舵木」と書くほか、「旗魚」とも書く。背ビレを水面から出して泳ぐ姿が、旗を振りながら泳いでいるように見えるからである。メカジキ、マカジキ、バショウカジキなどの種類があり、最も流通しているメカジキの旬は秋。