漢字と熟字訓の由来を巡る旅

漢検準1級と1級に役立つよ

63 麒麟  (漢検準1級と1級に役立つよ)

 

麒麟

本来、「麒麟」(キリン)というのは、龍や鳳凰と並ぶ想像上の動物である。形は鹿に似て、顔は狼に似て、牛の尾と馬の蹄をもち、雄は頭に角をもつ。普段は非常にやさしい動物で、足元の虫や草を踏むことのないように宙に浮いて歩く。毛蟲360種(獣類)の長で、王が仁のある政治を行うと現れるという瑞獣である。

明の永楽帝の時代、アフリカへ行った遠征隊が実在の(首の長い)キリンを連れ帰った。現地の言葉で「首の長い動物」を表す”ゲリ“という語がキリンに似ていたため、これを想像上の麒麟と勘違いしてしまったのである。日本にはこれが名前を混同したまま伝わり定着したが、中国で実在のキリンは「長頚鹿」と言って伝説の「麒麟」とは区別されている。

麒麟を除けば、鹿の付く漢字は鹿に関係する。

最大のシカは「箆鹿」(へらじか)である。箆(へら)というには大きすぎる立派な角を持つ鹿で(箆のように平たい角を持つ)、体高も2mにもなり、陸上の生物では麒麟や象に次ぐ大きさを誇る。

トナカイは寒冷地域(特に北極圏)で重要な家畜となった鹿である。サンタクロースの橇を牽くように運搬に用いられるだけでなく、毛皮を利用し、また乳用・食用にと衣食住に欠かせない動物なのである。飼い馴らされた鹿なので「馴鹿」(となかい)と書く。

「麝香」(ジャコウ)とは「麝香鹿」(じゃこうじか)の腹部にある香嚢から取れる分泌物で、芳香が強く極めて重要な香料として、また漢方薬として有史以前より用いられてきた。「麝」の字も香りが射るように遠くまで放たれることを意味し、「麝」一字でも(じゃこうじか)と読む。

シカには枝分かれした角が生えているのが普通だと思われているが、枝分かれのしない一本角のシカや、角がない鹿というのもいる。そういう鹿にはその代わりにというわけではないが牙が生えている。「牙麞」(きばのろ)という鹿はそういう角のない小型のシカである。「麞」(のろ)はキバノロとは別種で角を持つシカで、「麞」という字の「章」は派手で大きいことを表すのだが、小型のシカである。「麕」とも書き、「囷」は円くまとまる(群れをなす)ことを表している。ちなみに小さい鹿でも子供の鹿は(かのこ)と言って「麑」と書く。

「羗」(きょん)も小型のシカで(部首は羊だが)、小さい角と小さい牙が生えている。「羗」は「羌」の異体字で、もともと羊を放牧する人を表し、中国北西部に住んでいた民族「羌」(キョウ)のことを指していた。

カモシカはシカの名が付くもののシカの仲間ではなく、ウシ科の動物である。毛皮を「毛氈」(モウセン=かも:獣毛で織った敷物)に用いるシカ(鹿ではないが)という意味である。「氈鹿」あるいは「羚羊」(かもしか)と書く。これを「羚羊」(れいよう)と読んでしまうと、アフリカやアジアの草原に棲むウシ科の哺乳動物の総称である。

「鹿」を使った熟字もいくつかあり、植物の名では「鹿蹄草」と書いて(いちやくそう)と読む。イチヤクソウとは「一薬草」、一つの草で多くの薬効を持つ草という意味である。「鹿蹄草」は漢名からで、葉の形が鹿の蹄に似ていることに由来する。

田畑に鳥獣除けに立てる人形を(かかし)というが、これはもともと獣の肉を焼いて串にさして立て、その臭いによって鳥獣を驚かしたことから「嗅がし」(かがし)、これが転じて(かかし)となったもので「鹿驚」(かかし)と書く。「案山子」(かかし)とも書くが、これは中国の僧侶が使った言葉で、「案山」は山の中でも平坦な土地を、「子」は人形を表している。

風流な日本庭園の象徴としてよく登場する(ししおどし)は「鹿威」と書き、実はこちらも田畑を荒らす鳥獣を音で脅かして追い払うための仕掛けである(「鹿驚」と紛らわしい)。