漢字と熟字訓の由来を巡る旅

漢検準1級と1級に役立つよ

8 ランとトキ  (漢検準1級と1級に役立つよ)

蘭とトキ (ラン科)

ラン科の花は独特な形をしているため、他科の花とは見分けやすい。ユリ科の花と同じように内側3枚・外側3枚、計6枚の花弁(はなびら)をもつのだが、一番下に付いた1枚が他と全く異なる特殊な形に変化する。これは唇弁と呼ばれ、花粉を運ぶ虫をおびきよせるために進化したものだと考えられている。余談になるが、ランは英語で“Orchid”といい、これはもともと睾丸を意味する単語である。ランの球根(塊茎)が睾丸に似ていることからの命名である。「睾」は一字で(きんたま)と読む漢字でもある。

ラン科の花はキク科に次いで種類が多く、2万5千種にも及ぶと言われる。胡蝶蘭や金蘭、銀蘭、紫蘭(しらん)、カトレアなどがよく知られたランであろうか。

お祝い事の飾りや贈り物として定番の「胡蝶蘭」は花の様子を蝶の舞う姿に喩えたものである。古来中国には始終異民族が入り込んだ。秦や漢の時代には北方民族の匈奴を「胡」と呼び、唐の時代にシルクロードを介しての交易が盛んになると、今のイラン系民族を「西胡」と呼んだ。「胡」の付く熟字はこの北方あるいは西方から中国に入ってきたものを表している。「胡蝶」とは胡の国の蝶という意味を持つ。他にも「胡桃」(くるみ)、「胡瓜」(きゅうり)、「胡椒」(こしょう)、「胡麻」(ごま)、「胡弓」(こきゅう)、「胡座」(あぐら)、「胡蜂」(すずめばち)などが挙げられる。ちなみに「胡蝶花」は(しゃが)と読みアヤメ科の花、「胡蝶樹」と書くと(やぶでまり)で、スイカズラ科の植物である。

紫蘭(しらん)は字のごとく紫色をした(白もある)代表的なランの一種だが、その球根は「白芨」(ビャクキュウ・ビュクキュウ)といって出血や炎症をおさえる漢方薬として用いられてきた。「白芨」と書くのは、根茎が白く、連及して(連なって)いるからである。ここから「白芨」あるいは「白及」で(しらん)と読む。

ところで、ランの中には、サギソウ、トキソウと鳥の名前の付いた花がある。サギソウは「鷺草」と書き、花の姿はまさに真っ白な鷺が飛翔しているかのようである。一方トキソウは「鴇草」と書き、こちらは鳥の姿ではなく、鴇色をした花の色に由来する。特別天然記念物でもあるトキの翼は、下面が朱色がかった濃いピンク色をしている。これが「鴇色」「朱鷺色」(ときいろ)と呼ばれる色である。トキの属するトキ科はサギ科に近縁で、姿形もよく似ていることから、白い鷺に対して朱色の鷺、「朱鷺」(とき)と書かれた。また同じく色調から「桃花鳥」と書いても(とき)と読む。

ランの一種に茎も葉も全く棒のような姿をしている風変わりな蘭がある。「棒蘭」(ぼうらん)といい、その棒状の枝叉(股)の間に花を咲かせる。中国ではこの枝を「釵」(かんざし)に例えて「釵子股」と書いた。

また「木蘭」(もくれん)は蘭の字が入っているがランの仲間ではない(モクレン科)。香りが蘭に似て、花は蓮(はす)に似ることから、また木本の植物であることから「木蘭」あるいは「木蓮」という名がついた。モクレンの仲間に、早春の頃白い花を一斉に咲かせるコブシという樹があるが、花の蕾(あるいは実の形)が拳に似ていることからコブシと呼ばれる。漢字で「辛夷」(こぶし)と書くのは、この実が辛いことと、苞の形が「荑」(つばな:茅の新芽)に似ていることに由来する。