春の七種が食を楽しむものであるのに対して、秋の七草は観賞するためのもので、山上憶良が詠んだ万葉集の歌「萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また 藤袴 朝貌の花」(はぎのはな おばな くずはな なでしこのはな おみなえし また ふじばかま あさがおのはな)に基づいている。
ハギは「萩」と書くように秋を代表するマメ科の花である。花は紫色の蝶形で、冬の間に枯れたようになった枝からでも新しい芽を出すことから「生え芽」(はえぎ)→(はぎ)になったと言われる。この特徴から「芽子」と書いても(はぎ)と読み、また漢名からは「胡枝花」あるいは「胡枝子」と書く。古くから親しまれている花で、鹿鳴草、風聞草、玉美草、月見草、野守草、庭見草、初見草など異名も多い。
「尾花」(おばな)とはススキ(薄・芒)のことである。ススキはイネ科の植物で、その穂を尾に見立てて「尾花」である。これより太い穂をつけるエノコログサも同じイネ科の植物で、こちらは犬の尾に見立てて「狗尾草」(えのころぐさ)と書く。そしてさらに太くなって、瓶を洗うブラシのような穂をつけるチカラシバは「狼尾草」である。
「葛」(くず)は根に多くの澱粉を含むので、古くから葛粉が採取され食用にされた。またこの根は葛根(カッコン)と呼ばれ、現在でも最も頻用される生薬のひとつである。秋になると開くピンクの花はたいへん美しいために秋の七草にも数えられたのだが、その繁殖力はすさまじく他の樹木の生長を妨げるので、今ではすっかり厄介者扱いとなっている。
「撫子」(なでしこ)は愛児を撫でるようにかわいい花という意味からこの名となった。漢名からは「瞿麦」(なでしこ)と書く。「瞿」は「目二つ+隹」でキョロキョロと見回す鳥の目を表し、左右に分けるという意味を持つ。枝が二股に分かれ、苗が麦に似ているという特徴から「瞿麦」なのだそうだ。またカーネーションもナデシコの仲間(同属)で、和名をオランダナデシコと言うので、「和蘭撫子」と書いてカーネーションと読む。
「女郎花」(おみなえし)の(おみな)とは女性の意味で、(えし)は「圧す」(へす)、つまり押しつぶしたように平たい花序を意味する。花は黄色い粟粒のようで別名「粟花」(あわばな)とも言う。「女郎花」(おみなえし)に対して「男郎花」(おとこえし)という花もあり、花の形はよく似るが、花は白く、茎が太くて全草に毛が生えている。オミナエシよりも男らしいからオトコエシである。白い粟粒のような小花をご飯に喩えてオトコメシという別名もある(これを語源とするという説もある)。オトコエシの根茎は乾燥させて薬に用いるのだが、醤油の腐ったような臭いがすることから「敗醤」(おとこえし)とも書く。また秋のオミナエシに対して、似た花を春に咲かせることからハルオミナエシとも呼ばれる花があるが、正式名称はカノコソウと言い、花の咲く様子が「鹿の子纈」(かのこしぼり)の模様に見えることから「鹿の子草」あるいは「纈草」(かのこそう)と書く。
「藤袴」(ふじばかま)はキク科の花で、中国では「蘭」と呼ばれる(日本での蘭とは意味が異なる)。葉を半乾きにすると桜餅の葉のような芳香を放つので、別名「香草」(かおりぐさ)、「香水蘭」(こうすいらん)などと呼ばれている。その香りは貴族の身だしなみに愛用され、そういう事情から「蘭草」「水蘭」と書いて(ふじばかま)と読む。和名の由来は花の色が藤色をして、花弁を抜いて逆さにした形が袴のように見えることからである。
七草目のアサガオは、万葉集の中ではキキョウのことである。「桔梗」(ききょう)は星型で青紫色をした花を咲かせるキキョウ科の植物で、秋の七草のひとつではあるものの、6月に咲いて8月には枯れてしまう夏の花である。ちなみにキキョウ科にはミゾカクシという植物があるが、畦道や溝の縁などにはびこり、溝を隠すほどに繁茂するので、「溝隠」(みぞかくし)で、「畦筵」(あぜむしろ)とも呼ばれる。これを漢名からは「半辺蓮」(みぞかくし)と書くのだが、これはこの花が半辺(半分)だけの蓮の花のような形をしていることに因んでいる。