漢字と熟字訓の由来を巡る旅

漢検準1級と1級に役立つよ

26 春が旬の魚  (漢検準1級と1級に役立つよ)

 

春が旬の魚

 春を告げる鳥を「春告鳥」と書いて(うぐいす)と読むが、「春告魚」と書けば(にしん)である(めばる、とも読む)。かつてニシンは産卵期の春になると北海道の沿岸に大量に押し寄せて、北海道ではまさに春を告げる魚であった。今は漁獲量が激減してそのようなこともなくなったらしいが、ちょうどその頃に脂がのるので旬となる。魚偏では「鰊」「鯡」と書くが、「鰊」のつくりは若いと言うことを表している。「鯡」(魚に非ず)と書くのは、江戸時代の北海道(松前藩)においてニシンは重要な食料であり、「ニシンは魚に非ず、海の米なり」と言われ年貢として納めたことによる。また「青魚」(にしん)とも書くのだが、これは背中が青いことからで、中国ではニシンのことを「鯖」と書く。日本では「鯖」の字は(さば)と読み、また「青魚」と書いて(さば)とも読むので紛らわしい。ニシンの卵が数の子で、魚偏では「鯑」(かずのこ)と書く。

サワラも春を告げる魚と言われ、漢字で「鰆」と書く。サバの仲間で、細長い体つきから「狭」(さ)+「腹」(はら)が語源とされる。長い馬面で獰猛な魚であることから、漢語からは「馬鮫魚」(さわら)と書く。出世魚のひとつで、サゴシ→ナゴ→サワラと名を変える。サゴシという名の語源も「狭」(さ)+「腰」(こし)からで、「青箭魚」(さごし)と書く。「箭」は「矢」と同じ意味をもち、青い矢のような魚の姿を表している。

よく佃煮として食されるイカナゴは細い小さな魚で、何の子(魚)だかわからないことから「いかなる魚の子や?」との意味でイカナゴという名がついた。群れる様子が「玉」のように見えるが、一匹一匹の姿は「筋」のようであることから「玉筋魚」と書いて(いかなご)と読む。体が小さく女の子のようにかわいいことから「小女子」(こおなご)とも呼ばれ、これが大きくなったものを「大女子」(おおなご)と呼ぶ地方もある。

カツオは春と秋に旬となる。日本近海を北上する春のカツオは初鰹、冬が近づき暖かい海域を求めて南下するカツオは戻り鰹と称される。脂がのるのは戻り鰹の方である。古くから干物として食用にされ、堅くなった干物を「堅魚」(かたうお)と呼んでいたことが「鰹」(かつお)の語源とされる。「松魚」とも書くが、これは鰹節が松の木の赤身に似ているからである。 

川魚ではヤマメの旬が春である。山に住む女性的な美しさから「山女」「山女魚」と書く。ただし「山女」は植物に使うと(あけび)と読む。ヤマメはサケ科の魚で、サケと同じように海に出て回遊してから産卵期に川へ戻ってくるものがいる。海へ下るもの(降海型)はサクラマス(繁殖期に体色が桜色になるから)と呼ばれ、河川(山)にとどまる陸封型のものをヤマメと呼ぶ。アマゴはヤマメによく似た魚で(ヤマメの亜種)、降海型はサツキマス(5月頃、川を遡上することから「皐月鱒」)で、陸封型がアマゴである。アマゴは雨が突然降り出すと釣れだすことから「雨後」あるいは「雨子」「雨魚」となり、また雨が天に通じることから「天魚」(あまご)と書くようになった。

ヤマメとアマゴは亜種なので似ているのは当然なのだが、イワナもこれらと区別の難しいサケ科の魚である。生態としては岩陰にじっとしているのが「岩魚」(イワナ)で、ヤマメは元気に泳ぎまわっているものらしい。中国では「嘉魚」(カギョ:いわな)と書き、めでたい魚=おいしい魚とされている。