漢字と熟字訓の由来を巡る旅

漢検準1級と1級に役立つよ

42 テントウムシ(「虫」の付かない虫)  (漢検準1級と1級に役立つよ)

 

「虫」の付かない虫

「紅娘」と書いて(てんとうむし)と読む。「紅娘」は赤くて可愛らしい姿を娘に見立てたものである。漢名では「瓢虫」(てんとうむし)と書いて、これは形が瓢箪に似るからである(瓜の葉によく付くから、という説もある)。テントウムシには、指や棒にとまらせると上へ上へと登り、そこから空へ飛び立つ習性があり、お天道様へ向かって飛んでいく虫=「天道虫」というのが和名の語源である。

小さな虫には「子」や「児」の字がよく使われ、「浮塵子」は(うんか)と読む。ウンカとはセミのような形をした小さな虫で(5mm大)、大量に発生してしばしば稲作に大きな被害を与えてきた。微塵のように群れをなして飛ぶ様子を浮遊した塵に喩えたもので、ウンカという和名も虫の大群で雲のようにもやもやする様子から、「雲霞」あるいは「雲蚊」と書かれたことによる。ただし中国で「浮塵子」(フジンシ)と言えば蚊などの群れを指すそうだ。

「金亀子」と書けば(こがねむし)と読み、これは背中が亀甲状で金属様の光沢を持つからである。同じ金でも、「金鐘児」(すずむし)はその鳴く声の美しさが金の鐘に喩えられた。一方、秋に鳴く虫の中でクツワムシは、鳴き声がガチャガチャ聒しい(かまびすしい)と「聒聒児」(くつわむし)である。和名は轡(くつわ)の音に似ていることに因む。

オニヤンマは日本のトンボでは最も大きく、特にその頭の大きさが強調されて「馬大頭」(おにやんま)と書く。「馬」という字は大きいことを表すのによく使われる。ちなみに小さくて細いイトトンボは、漢名から「豆娘」と書く。「豆」(ちっぽけな)「娘」(愛称)の意味であろう。ただし世界最大のトンボもハビロイトトンボというイトトンボの仲間である。

「天牛」も連想しがたい難読の熟字訓で(かみきりむし)と読む。髪を切るほど顎が強いことから髪切虫なのだが、長く伸びた触角が牛の角を思わせることから「牛」が使われ、「天牛」=「空を飛ぶ牛」の意味である(大きさには少々無理があるが)。

「椿象」(かめむし)は悪臭を放つことで知られた虫である。細長い口吻を持つのが特徴で(普段は収納されている)、これを象に見立てた。「椿」の字は、独特の異臭を持つ「香椿」(チャンチン)という植物に因んでいる。カメムシのうち人を刺すことのあるサシガメは「刺亀虫」「刺椿象」(さしがめ)である。また菜の花によく付くナガメは「菜亀虫」「菜椿象」(ながめ)と書いて、やはりカメムシの仲間である。

「水馬」(あめんぼ)は水の上をすいすい立ち上がって走る姿を馬に見立てた。実はアメンボもカメムシの仲間で臭腺を持っていて、捕らえられると特有の匂いを放つ。和名のアメンボは、その匂いが焦げた飴のような甘い匂いであることから「飴ん坊」となったのだ。「水黽」(あめんぼ)とも書くが、これは水に浮かぶ「蠅」(はえ)のような虫だから。

牛(天牛)、象(椿象)、馬(水馬)に続いて哺乳動物では、ハンミョウが「斑猫」と書く。斑模様があり、肉食で獲物に襲い掛かる姿が猫のようであるからだそうだが(英語でもtiger beetle)、もともとは「斑蝥」と書き、「蝥」は「矛(ほこ)のように刺す虫」を指していた。顎が強く、噛まれるとかなり痛いそうだが毒はない。これに対して翅が退化し、甲虫とも思えない「地胆」(つちはんみょう)という虫がいる。名前からはハンミョウの仲間のようだが、全く別種の昆虫である。ただ昔はハンミョウが秋になるとこの虫に姿を変えて土に潜るのだと思われていた。「地胆」と書くのは地中にいて色が胆のようだからである。ツチハンミョウは強い毒をもち、手に触れただけでもひどく気触れるので要注意。

紙や衣服を食い荒らすシミも「虫」という字を使わないが昆虫の一種で、形が魚に似ていることから「紙魚」「衣魚」と書いて(しみ)と読む。

最後に、蚊の幼虫ボウフラは漢字で「孑孒」と書く。「孑」は右腕のない子どもを、「孒」は左腕のない子どもを表している。そんな漢字があることにも驚くが、二つを合わせて水中で左右にふらふらと漂うボウフラをイメージしたのだ。「孑孑」と書かれることもあるが、これは本来(ケツケツ)と読んで、たった一人でぽつんと立っている様子であって、誤用である。由来を知れば、もう間違えることはない(使うこともないけどね)。