漢字と熟字訓の由来を巡る旅

漢検準1級と1級に役立つよ

34 軟体動物  (漢検準1級と1級に役立つよ)

 

軟体動物

軟体動物とは、イカやタコ、貝やウミウシなどの総称である。

貝類は一般的に二枚貝と巻貝とに分けられる。二枚貝には「蛤」(はまぐり)、「蜆」(しじみ)、「蚶」(あかがい)、「蟶」(まてがい)、「蚌」(どぶがい・はまぐり)などが一字で貝の種類を表している。マテガイは「馬刀貝」「馬蛤貝」とも書くが、刀のような形をしているから刀貝はよいとしても馬は大きいことを表すもので、マテガイには当たらない。「馬刀貝」「馬蛤貝」は本来、カラスガイを指していたのである。ドブガイというのは「烏貝」(からすがい)のことであり、「蚌貝」と書いても(からすがい)と読む。色の黒いところからカラスガイである。

日本人が一番よく食べるアサリには「蜊」「鯏」の字もあるが、「浅蜊」あるいは「蛤仔」と書くことが多い。この他、人が食用とする二枚貝には、「海扇」(ほたてがい)、「海鏡」(つきひがい)、「牡蠣」(かき)、「玉珧」(たいらぎ)などがある。

「蠣」は一字で(かき)と読めるのだが、一般的には「牡蠣」と書く。カキにはオスしかいないと考えられていたため、「牡」の字を付け加えるようになった。

またタイラギは長さが30cmにもなる大型の高級二枚貝で、殻が薄いことから「平ら貝」(たいらがい)が転じてタイラギになったと言われている。大きな貝柱を生食されるが、身の方はまずいのであまり食べない。寿司屋で貝柱と言えばタイラギのことである。「玉珧」の「珧」の字はタイラギを意味する漢字であり、「兆」は左右二つに分かれる貝の姿を表している。貝柱が玉のように丸くて白いことから「玉」の字が付いて「玉珧」(たいらぎ)と書くようになった。

巻貝は生物学的には腹足類といい、腹部が肉質の扁平な足となり、これによって移動する軟体動物である。殻の退化した「蛞蝓」(ナメクジ)や「海牛」(ウミウシ)なども含まれる。ウミウシは海のナメクジのような存在で、突き出た二本の角から牛に喩えられた。この角を中国では耳に見立てて「海兎」と呼ぶ。また英語でも“sea hare”(海の兎)である。カラフルで美しいものも多いので、意外と人気の高い生物である。

ウミウシの一種の(アメフラシ)は「雨虎」と書く。アメフラシは刺激を与えると紫色の液を分泌しながらあばれるが(荒く猛々しいものには虎の字がよく使われる)、水中でその液の拡散する様子が、雨雲が広がるように見えることからアメフラシだと言われている。またアメフラシをいじめると雨が降るとの言い伝えもある。

巻貝には「法螺貝」「吹螺」(ほらがい)、「栄螺」「拳螺」(さざえ)、「海螺」(つぶ)、「香螺」「長螺」(ながにし)、「田螺」(たにし)、「河螺」「河貝子」(かわにな)などがある。「螺」の字は(にな、つぶ)と読んで巻貝を指す漢字である。「螺旋」(らせん)のようにも使われる。

ホラガイの「法」の字は仏様の教えを表していて、仏教で用いられていたことの名残である。サザエの名はササ(小さいの意)+エ(家あるいは柄)から、小さな柄のようなものをたくさん付けた姿を表現している。「栄」の字を使うのは、柄のたくさん付いた姿が、栄えているように見えるからで、「拳」(こぶし)を使うのはその形からである。「蝸牛」(かたつむり)は陸生の巻貝(腹足類)で、「蝸」の字は「渦」(うず)に通じて、渦巻状の殻のある虫、つまりカタツムリを表す漢字である。これに2本の角を牛に喩えて「蝸牛」と書いたのだ。

「磯の鮑(あわび)の片思い」という慣用句がある。アワビは二枚貝のように見えるのに殻が一枚しかない(連れ合いがいない)ことから、一方だけの相手に通じない恋心のことを喩えている。しかしこれは誤解によるもので、アワビの殻が一枚しかないのは、巻貝の仲間だからである。アワビは一字で「鮑」「鰒」と書くが、「石決明」でもアワビと読む(別項に)。

タコやイカの仲間は、足が体の最前部に位置して頭に直接つながった姿をしている。この特徴から彼らは頭足類と呼ばれる。頭足類には、太古に生息したが今は化石としてしか残っていないアンモナイトや、生きている化石と言われるオウムガイなどが含まれる。 

アンモナイトはその文様から「菊石」(あんもないと)と書く。またオウムガイはその形がオウムの嘴に似ていることから「鸚鵡貝」である。頭足類ももともとは貝殻を持つ動物だったのだが、タコやイカに殻がないのは殻が退化してしまったためである(一部に殻を持つものがいる)。

タコの語源は「多股」からだと言われている。漢字一字で「蛸」(たこ)の字があるが、これは本来クモを意味していた。海に棲むクモのような生き物ということから「海蛸子」と書かれていたものが、省略されて「蛸」となった。また漢語からの転用で「章魚」とも書くが、この「章」とは印章を表し、足の吸盤を意味するようだ。タコの一種「飯蛸」(いいだこ)は米粒に似た卵を持つことからこう呼ばれるのだが、イイダコの体にはきれいな円形の斑紋があるので「章花魚」(いいだこ)と書く。また「望潮魚」とも書く。ちなみに「望潮」と書くとカニの一種(しおまねき)と読む。シオマネキは干潮時に浜で大きなハサミを動かしているが、これがあたかも潮を招いている(望んでいる)ように見えるからだ。

イカは漢字で「烏賊」あるいは「墨魚」「柔魚」と書く。後二者はイカの特性そのままである(タコにも当てはまりそうだが)。「烏賊」と書くのは、「死んだふりをして海面に漂うイカを、烏が啄ばもうと近づくと、イカはその足を伸ばして烏を捕らえてしまう」という言い伝えによる。「烏にとっての賊のようである」の意味から「烏賊」と書いたのだ。ただし、実際のイカにそのような習性はない。