漢字と熟字訓の由来を巡る旅

漢検準1級と1級に役立つよ

43 脚の多い虫  (漢検準1級と1級に役立つよ)

 

脚の多い虫

 虫の脚の数が6本を超えると、喩えどんなに益虫であっても、たいてい人には嫌われる。あまり関わりたくはないのだが、熟字訓がいくつかあるので触れておきましょう。

 クモは通常人に害を与えない益虫なのだが、見た目もさることながら、その巣がたいへん迷惑な虫である。「蜘蛛」(くも)と書くのは、「蜘」が「踟」に通じて「小刻みに進む」ことを、「蛛」は「株」に繋がり「一ところにじっと留まる」ことを意味し、小刻みに動いては止まる蜘蛛の習性を表した熟字である。クモは世界中どこにでもいる虫で、世界には4万種類、日本だけでも1300種類はいると言われる。日本最大のクモは「女郎蜘蛛」(じょろうぐも)の仲間で南西諸島に生息するオオジョロウグモの足を含めた体長は20cm近くにもなる。ジョロウグモの名はその姿が妖艶で雅やかだったために大奥の身分の高い女官に喩えて「上臈蜘蛛」(じょうろうぐも)と呼ばれていたのが、いつのころからか「女郎蜘蛛」に転じたものである。「絡新婦」(じょろうぐも)とも書いて、「糸を絡める(機織をする)新婦」と表現した。これが江戸時代の怪談集や妖怪図に取り入れられてからは、妖怪の名としてジョロウグモを表すときに「絡新婦」の字が使われる。このクモの妖怪は400歳を迎えると妖力がついて人間の女性に化けると言われ、その姿は絶世の美女で、魅了されてしまうと命を取られるという。

「足高蜘蛛」(あしたかぐも)は巣を作らない徘徊型のクモとしては最大で、足を含めた体長は12cm前後ある。その大きさとグロテスクな容貌からたいへん嫌われているが、ゴキブリなどを主食とする益虫である。漢名からは「蠨蛸」(あしたかぐも)と書く。このアシタカグモを意味する「蛸」の字が同じ8本足の海の「蛸」(たこ)に転用された。一方、平たいことからヒラタグモと呼ばれるクモがいる。家の壁などに白く丸いテントのような巣を作るクモで、漢名ではこの巣を銭に見立てて「壁銭」(ひらたぐも)と書く。

「百足」を(むかで)と読むのはよく知られている。英語でも“centipede”(百の足)である。虫偏の漢字では「蜈蚣」(ゴコウ)で(むかで)と読む。「呉公」とは、『本草綱目』でムカデが「太呉川」に生息すると書かれていたことから、呉に生きる虫として、呉の公(きみ、王・君)と呼ばれ、これに虫偏がついたのが「蜈蚣」である。「蚣」一字でも(むかで)と読む。

足の多さでは「馬陸」(やすで)の方が百足を上回る。和名は「八十手」(やそで)に由来するが、英語では“millipede”(千の足)である。千までは行かないにしても足の数が数百本になるヤスデはいるらしい。不気味な姿はムカデと大差ないがヤスデに毒はない。「馬陸」と書くのは、脚の動く様子が、たくさんの馬が駆けるように見えるからだそうだ。

ついでにゲジゲジ(正式名称はゲジ)もムカデに似た姿が嫌われる虫だが、若干の毒は持っているものの、実は害虫を駆除してくれる益虫である。「蚰蜒」(ユエン)(げじげじ)と書き、「蚰」は「抽」に通じて、ずるずる引き出す様を、「蜒」は長く延びた体を示している。