漢字と熟字訓の由来を巡る旅

漢検準1級と1級に役立つよ

19 タチアオイとハイビスカス (漢検準1級と1級に役立つよ)

タチアオイとハイビスカス (アオイ科

アオイと言えば徳川家の家紋である「三つ葉葵(葵の御紋)」を思い浮かべるが、ミツバアオイという植物はなく、あの紋様はフタバアオイの葉を三枚組み合わせて図案化したものである。しかもこのフタバアオイアオイ科の植物ではない(ウマノスズクサ科に属する)。ちなみに京都「葵祭り」の葵も、このフタバアオイのことである。

ウマノスズクサは葉の形が馬の顔に似て、球形の果実が馬につける鈴に似ることからのネーミングである。漢名でも「馬兜鈴」(バトウレイ)と言って馬兜(戦場で馬につける鎧)の鈴をイメージしている。

ウマノスズクサ科に「薄葉細辛」(うすばサイシン)という植物がある。根が細くて辛いことから「細辛」と呼ばれ、この根を乾燥させたものが咳止めや解熱の効果を持つので、生薬として用いられてきた。「薄葉細辛」は葵のような形をした薄い葉を持つが、冬には枯れる。これに対して、同じウマノスズクサ科に、葵によく似た葉を持つが厚みがあって、しかも寒さに強いことから「寒葵」(カンあおい)と呼ばれる植物がある。その根は辛さも薬効も「細辛」には及ばないために「土細辛」とも書く。また漢名から「杜衡」(ドコウ)(かんあおい)とも書くが、これはもともと中国で違う植物を指しており、誤用である。「杜衡」は「杜」が「土」を表し、「衡」は真っ直ぐ横に伸びる様を表していて、土の中で根が横に伸びていく植物の意味である。

 現在、一般にアオイといえば、アオイ科の「立葵」「蜀葵」(たちあおい)を指す。初夏になると人の背丈を越えるほど高くまっすぐに伸び、一本の茎には花径10cmにもなる大きな花を多数咲かせる。花の色も赤やピンク、白、紫、黄色など多彩である。「蜀葵」と書くのは「蜀の」(中国の、大陸からの)という意味である。トルコ・東欧原産で、日本へも古くから薬用として入っている。「呉」や「胡」の国の名が付いて、「呉葵」「胡葵」などの別名もある。

同じアオイでもゼニアオイは花の大きさが小さく(直径3cm位)、五銖銭(中国の古銭)と同じ大きさと記されていたことから、「銭葵」と呼ばれるようになった。その一方でこの花の美しさを錦に喩えて「錦葵」(ぜにあおい)の表記もある。

トロロアオイは根に多くの粘液を含むので、これを和紙作りの糊として用いてきた。トロロアオイはこの粘液をトロロに喩えたネーミングだが、黄色い大きな花を咲かせることから、漢字では「黄蜀葵」(とろろあおい)と書く。オクラの花よりやや大きいが、花の姿はオクラとほとんど同じであることから、別名ハナオクラとも呼ばれる。実はオクラもアオイ科の植物で、トロロアオイと非常に近縁なのである(同じ属)。オクラは陸の蓮根に見立てられて「陸蓮根」(おくら)と書く。

「芙蓉」(ふよう)もアオイ科の花で、夏から秋にかけてピンク色の大きな5弁の花を咲かせる。その可憐さゆえ、古くから美しい人の形容に使われてきた花で、「芙蓉峰」と言えば富士山のことである。この芙蓉の近縁種(フヨウ属)に「木槿」(むくげ)がある。フヨウやムクゲの花は、朝開いて夕方には萎んでしまう一日花である。このためムクゲは中国で、はかないものの象徴とされている。しかしムクゲの花々は開花期の間、ずっと次々途切れずに咲いていく。韓国ではこれを「無窮花」(ムグンファ)と呼び、国家繁栄の象徴として国花になった。ムクゲの名はこの(ムグンファ)が転じたとも言われている。

「槿」は一字でも(むくげ)と読む。またフヨウ属には「槿」によく似た黄色い花を咲かせることから、「黄槿」(はまぼう)と書く植物もある。海岸に自生することから「浜」の「朴」(ほお)の木、という意味で「浜朴」(はまぼう)と呼ばれるようになったのだが、朴(モクレン科)の仲間ではない。

ハワイや沖縄など南国の花として人気の高いハイビスカスもアオイ科を代表する花である。古代中国の神話の中で「東方の日出ずる処に生えている神木」、またその生えている場所を「扶桑」(フソウ)と言った。一説ではこの扶桑の木に日が重なってできた漢字が「東」で、木よりも日が下にある状態が「杳い(くらい)」、日が木の上になったものが「杲らか(あきらか)」なのだそうだ。扶桑の木が生える場所は中国の東方にある日本と考えられることから、「扶桑」は日本国の美称としても用いられる。いつの頃からかハイビスカスはその「扶桑」の花であるとされ、「扶桑花」転じて「仏桑花」(ぶっそうげ)と呼ばれるようになった。今では赤やピンク、オレンジ、黄色、白など多彩な色で8000種以上もの品種があるが、もともと鮮やかに目を引く赤い色が特徴的な花で、沖縄でもこの花のことを「あかばなー」と呼んで親しまれている。ここから「紅槿」(ハイビスカス)とも書くのである。

大麻と言えば、「麻薬」や「マリファナ」の原材料であり、悪いイメージしか湧かないが、その昔大麻は繊維を採るための重要な植物だった。麻とはもともと大麻(アサ科)から採れた繊維を指していたが、今は植物繊維全体を麻と呼び、日本では特に「亜麻」(アマ:アマ科)と(からむし)と呼ばれる「苧麻」(チョマ:イラクサ科)のことを言う。麻を採る植物にはこの他、「洋麻」ケナフや「黄麻」(コウマ)、「莔麻」(ボウマ)などがあり、これらはいずれもアオイ科の植物である。コウマは「綱」(つな)にする「麻」(あさ)から(つなそ)と呼ばれ、「綱麻」「黄麻」(つなそ)と読む(シナノキ科とすることも)。ボウマはイチビという植物の繊維であることから「莔麻」(いちび)とも読む。イチビの名はその繊維を火縄に用いていたことから、「打ち火」が転じたものと考えられている。