漢字と熟字訓の由来を巡る旅

漢検準1級と1級に役立つよ

3 アヤメとカキツバタ  (漢検準1級と1級に役立つよ)

 

 

アヤメとカキツバタ(アヤメ科)

アヤメとカキツバタは非常によく似たアヤメ科の花で、漢字では「菖蒲」(あやめ)、「杜若」(かきつばた)と書く。どちらも5月頃、紫色の可憐な花を咲かせる。「いずれ菖蒲か杜若」という成句は、両者ともすぐれていて優劣の決めがたいことの喩えである。「菖蒲」の字は「昌浦」の音からもわかるように(ショウブ)とも読む。ショウブはサトイモ科の植物で、アヤメ科の花とは全く関係がないのだが、古くはこの植物のことをアヤメと呼んでいた。ショウブの花は小さな花が蒲(ガマ)の穂のように集まった形状(肉穂花序)をして、全く花らしくない。中国で「菖蒲」と言えば同じような花を持つ別種の「石菖」(セキショウ)のことであったのだが、日本に伝わる際に、花が似ていて根の白い「白菖」と呼ばれていたこのショウブに「菖蒲」の字が当てられた。根茎を生薬として用いるほか、芳香が強いため菖蒲湯としてその葉を湯舟に浮かべる。ショウブの名が「勝負」「尚武」に通じることから端午の節句に菖蒲湯に入り男児の健康を祈願するのだが、ショウブの花は観賞に適さないので、飾るのはハナショウブの花である。

ハナショウブはショウブと葉の形が似ているものの、ショウブと違って立派な花を咲かせることから「花菖蒲」と呼ばれるようになった。こちらはアヤメ科で、アヤメやカキツバタとよく似た花である。ハナショウブは中国語から「玉蝉花」(はなしょうぶ)とも書く。蝉は地中に潜り、数年してから再び地上に現れて蝉に戻ることから、復活を象徴する。古代中国では玉(宝石)で蝉を作り、よみがえりを祈願してそれを死者の口に入れる習慣があった。これが「玉蝉」である。

さて本題のアヤメがハナショウブカキツバタと顕著に違うのは、アヤメが陸生で乾いた土に生える点である。一方のハナショウブカキツバタは水中あるいは湿地でなければ育たない。またアヤメの花は花弁の基部が黄色く、そこに網目模様をもつのが特徴である。アヤメと呼ばれるのもこれを「文目」あるいは「綾目」と表現したのである。

「杜若」とは本来ショウガ科のハナミョウガという植物を指す漢字であり、カキツバタにこれを当てたのは誤用である。「燕子花」でも(かきつばた)と読むが、これは紫の花が燕の子に似ていることに由来する(『漳州府志』)。

この他、アヤメ科の花にはイチハツ、シャガなどがある。

イチハツはアヤメ科の花の中で一早く咲くことから「一初」と呼ばれた(4月末には咲く)。ただし、実際の開花はシャガの方がやや早い。「一八」とも書くが、これは音からの当て字である。葉が地に広がって生える様子が鳶(とび)の尾を思わせることから、鳶尾草(とびおくさ)の異名もあり、ここから「鳶尾」と書いても(いちはつ)と読む。全く関係ないが、鳩の尾と書くと「鳩尾」(みぞおち)と読む。

シャガもアヤメによく似た形の花だが、花弁が白く、黄と紫の模様を持つ。外花被片といって花びらの縁がギザギザになっているのが特徴で、林の陰などの暗い場所に群生する。その蝶のような可憐な姿から「胡蝶花」(コチョウカ)の異名を持つ。シャガの名は漢名「射干」を音訳したもので、茎が疎で長い姿がちょうど矢の竿のように見えることから「射竿」、これが転じて「射干」となった。俳句の世界では、音から「著莪」(しゃが)という漢字も当てられる。

本来「射干」は(ヤカン)と呼んで、同じくアヤメ科のヒオウギを指していた。ヒオウギという名は扇状に開いた葉の姿が、「宮中で儀礼に使われた檜扇(ひおうぎ)」に似ていることに由来する。シャガもヒオウギも扇状の葉の付き方が似ているために同じ植物だと勘違いされてしまったのである。ヒオウギの黒い種子は「射干玉」(ぬばたま)あるいは「烏羽玉」(うばたま)と言い、黒・夜にかかる枕詞として使われてきた。